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山口地方裁判所 昭和55年(ワ)167号 判決

原告

橋本久市

原告

橋本タカ

右両名訴訟代理人

坂元洋太郎

被告

針間法人

右訴訟代理人

前野光好

主文

1  原告らの本件主位的及び予備的各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的請求の趣旨)

被告は、原告両名に対し、それぞれ一五〇〇万円及びこれに対する昭和五三年四月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 (予備的請求の趣旨)

被告は、原告らに対し、一二〇〇万円を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 1、2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告両名は亡橋本昌子(以下昌子という)の両親であり、被告は肩書地において針間産婦人科医院(以下被告医院という)を開設している医師である。

2  準委任契約

昌子は、昭和五三年四月二二日、被告に対し、自己の症状につきその原因、病名及び加療の必要性を診断し、それに対する適切な治療行為を行なうよう申し入れ、被告はこれを承諾し、両者の間に準委任契約(以下本件契約という)が成立した。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因1のうち、被告が肩書地において被告医院を開設している医師であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば原告両名は昌子の両親であることが認められる。

二〈証拠〉によれば、請求原因2の事実(準委任契約)が認められる。

三そこで、原告が主張する本件契約の不完全履行の事実の存否につき判断するに当たつて、まず昌子が本件契約を結ぶに至つた経緯、被告及びその他の医師による診察、診断、治療行為及び昌子の病状の転帰並びに死因がいかなるものであつたかにつき検討する。

1  発症から死亡までの経過と各診療行為

〈証拠〉及び鑑定人工藤尚文の鑑定の各結果を総合すると、次の事実が認められ〈る。〉

(一)  昌子は昭和五三年四月二一日国鉄小郡駅近くの自動車内で貧血のため失神のような状態になり、近くの病院に運ばれ治療を受けた後一旦自宅に戻つたが、翌二二日もめまいと腹痛が止まらないため宇部市内の藤野内科にて藤野医師の診察、精密検査を受けたところ、心臓、肺の聴打診所見、尿検査に異常はないものの、眼瞼結膜がやや貧血状態、すなわち、血圧は背臥位で拡張期圧(以下「上」という)が一一〇、収縮期圧(以下「下」という)が六四、座位では上が一〇二、下が六六で、下腹部に圧痛があつたことから、藤野医師は婦人科の病気の疑いがあるので婦人科に診察に行くよう指示し、総合ビタミン剤とトランキライザー少量を投与した。

(二)  そこで昌子は同日午後被告医院を訪れ、腹痛を訴え、被告の問診に対しては、昭和五二年四月に小郡の田村産婦人科で膣式の卵管結紮手術を受けたこと、それまでに四回人工妊娠中絶をしたこと、同五三年四月一三日から同月二〇日までいつも通り生理があつたこと、同月二一日倒れてから被告医院に来るまでの経緯等について答えた。

ついで、被告は聴打診、内診を行つたが聴打診の結果によつても胸に異常はなく内診の結果腹部に膨隆はなく、子宮は前傾前届ママで普通の位置にあり、その大きさも正常で卵巣、卵管にも異常はなかつた。しかし、下腹部、ダグラス窩に圧痛が認められた。また下物は褐色でかつ少量であつた。

これらの診察の結果から被告は卵管結紮したことにより子宮の後部に炎症が生じていることを疑い、一応子宮外膜炎と判断したが、原因がはつきりしないため、昌子にしばらく様子をみる旨述べ、炎症を押さえるためサンピタールを注射し、翌日は日曜日であるので、特別な症状がなければ明後日来院するように告げて帰宅させた。

(三)  同月二四日昌子は再度被告医院を訪れ、被告の診察を受けたが、このとき、昌子は少し出血するが、気分はだいぶよくなつたと述べた。診察の結果、子宮や付属器、胸部、腹部の様子、帯下は褐色少量であるなど、前回のときとほとんど変化はみられなかつた。昌子は車に乗つてもよいかと質問したので、被告は、小郡駅付近で失神した理由が不明であるから車には乗らないよう答え、サンピタールを注射して帰宅させた。

(四)  昌子は、昭和五三年四月二五日自宅トイレで倒れているところを発見され、藤野医師の往診を受けた。藤野医師の診察によれば眼瞼結膜は前回より貧血症状が強く、血圧は上が八六、下が七〇と非常に低く、血圧低下によるショック状態にあり、下腹部に圧痛があつた。そこで、藤野医師は、昇圧剤と止血剤を昌子に点滴し様子をみたが、依然として血圧は上昇せず、脈拍数も速かつたので開腹手術が必要であると判断し、付添つていた藤本にその旨告げた。

藤本は直ちに被告医院に電話し、昌子が腹痛で青くなりころげ回つている、藤野医師に往診を求めて点滴してもらつたがよくならないと状況を説明し、被告に往診してほしいと頼んだ。これに対し被告は、婦人科は設備があるところでないと診察ができない、また、昌子は被告医院に近い所にいるのだからすぐ車ででも連れて来るように述べ、藤本はこれを了承した。

しかし、昌子も藤本もその前から被告に診察、治療を受けることに消極的であつたところへ、往診の依頼に対し、結果として右のように被告にこれが受け容れられなかつたことから、一度は被告のところへ行くことを了承しながら、藤本は藤野医師に錦町産婦人科を紹介してくれるよう頼み、藤野医師は同日五時三〇分ごろ電話で同医院の林医師に対し昌子の状態を話し、診療依頼の仲介をした。

(五)  昌子は同日午後七時三〇分ころ藤本たちに連れられて同病院を訪れた。そのときの昌子は、急性貧血なのに大出血はなく、真青な顔をして血圧は上が八〇、下が五八程度で低く、脈拍は一分間に九八と速く、藤野医師の話では腹膜刺激症状もあることから林医師は子宮外妊娠を疑い、開腹手術をすることにし、併せて行つた検査によれば妊娠反応は陽性であり、ダグラス穿刺の結果腹腔内に血液のあることが判明した。

(六)  一方被告は診察の準備をして昌子の来院を待つたが、来ないので昌子方に電話したところ留守であつたので藤野医院に電話し、昌子が錦町産婦人科に行つたことを知つた。そしてさらに被告は同病院に問い合せ、林医師から、前記検査の結果昌子は子宮外妊娠であると判断されること、同医師がこれから手術をすることを聞かされた。

(七)  林医師は、手術をするに当たつてまず昌子の手術適応状態を高めるため血漿輸血をし、ついで開腹手術をしたところ、腹腔内に約二〇〇〇ミリリットルの多量の血液がたまつており、子宮外妊娠により卵管が破裂していた。そして、卵管の癒着があり、さらに手術時には多量の出血のため、破裂部位が左右卵管のいずれかということの判別も困難であつたことから、林医師は本人の同意をも得たうえ、子宮全摘及び両側附属器摘除術を行なつた。

(八)  手術は順調に終り、その後の経過もよく、昌子は回復するかにみえたが、同月二九日午後二時ころ急に容態が悪化し、胸の苦しみを訴え、呼吸も浅くなつた。傷には異常はないものの、鎮静剤を注射して様子をみても一向に良くならないため林医師は午後六時一五分に藤野医師を呼び寄せた。藤野医師の診察したところでは心臓にラッセル音が聞き取れず、貧血は強く、心のうに浸出液がたまつており、心不全を起こしやすい状態であつた。

(九)  同月三〇日午前五時ころには、昌子の血圧は九四から六〇に下がり、呼吸も速くなつたことから、林医師らは救急措置を始めたが、容態は悪化するばかりであつた。そこで林医師は集中治療設備のある山口大学医学部第二内科へ昌子を転送し、昌子はそこで手当てを受けた。しかし、その甲斐なく、昌子は同日午後一時四〇分死亡するに至つた。

以上の事実が認められる。

2  死因

〈証拠〉によれば、昌子の遺体は山口大学医学部病理学教室の医師により解剖され、その結果主病変としては、両肺、肝臓、両腎臓、小腸に血栓が認められ(多発性血栓症)、その他の解剖所見を総合して、昌子の死亡は播種性血管内凝固症候群(D・I・C)、いわゆる循環障害(具体的には肺塞栓)によるものであつたことが認められ、反証はない。

四1  ところで、証人工藤尚文の証言及び鑑定人工藤尚文の鑑定の結果によれば、女性の膣式卵管結紮術は男性の精管結紮術と同様に永久不妊手術の一種であつて、右手術後の妊娠率は報告者により異なるものの、平均して一パーセント程度といわれていること、最終月経日から九日目では仮りに女性が妊娠していたとしても、尿の検査による妊娠反応は陽性とならないこと、右膣式卵管結紮術を受けた女性、特に術後一年後程度の女性の子宮後部のダグラス窩に圧痛がある場合は、それが右施術による炎症、癒着による可能性があると一応診断することは必ずしも不当とはいえないこと、このような状態のもとでダグラス窩穿刺を行なうことは、直腸穿刺の可能性もあり、危険な検査となること、子宮外妊娠は一般的に発症から時間が経過するにしたがい定型的症状が揃い診断は容易となるが、早い時期でしかも定型的症状の現われていない時期における確定的診断は困難であるので、このような場合医師としては子宮外妊娠の可能性を念頭におきながら経過観察をする以外には方法のないこと、通常、産婦人科の診察には内診台での双合診や膣鏡診などが必須であり、このような設備のある診察室で行なわれることが望ましいから、可能な限り来院を求め診察すべきであることが認められる。

2  右認定の一般論をもとに、本件の場合被告の診察、診断、さらに治療行為(不作為を含む)並びに往診しなかつたことが債務不履行に当るか否かをみるに、前記三認定の事実によれば、昌子は被告の初診日の約一年前である昭和五二年四月に膣式卵管結紮術を受けており、問診において昌子は同人の最終月経が初診日の九日前である昭和五三年四月一三日であつたと答えており、内診の結果子宮は非妊娠時の大きさと位置にあつたのであるから、被告が昌子の尿の検査をして妊娠反応の有無を調べなかつたことをもつて本契約における受任者たる医師としての善管注意義務に反するものとはいえないし、昌子の子宮後部のダグラス窩に圧痛があつたが被告がダグラス窩穿刺をしなかつたことも、前認定のとおり、これが危険な検査であり、右のような初診時の症状(帯下も少量で褐色であること)のもとではこの検査を行なわなかつたことが右義務に違反するものであるとはいえず、また右問診と内診などの結果を前提に被告が右ダグラス窩の圧痛の原因は昌子が受けた膣式卵管結紮術の結果、炎症、癒着を起していることによる可能性があると判断したことが被告の誤診であるということはできない。前三認定の事実によれば、被告は昌子の症状を右炎症、癒着によるものであると断定したのではなく、また積極的に子宮外妊娠の可能性を否定し去つているものでもなく、一応の診断は下しつつもなお昌子のその後の経過を観察しようとしたものであり、初診時に昌子はいまだ子宮外妊娠の定型的症状を現わしていないのであるから、初診時における被告の本件処置に手落ちがあつたということはできない。ついで前三認定の事実によれば、四月二四日の再受診時にも昌子の症状は初診時のそれと殆んど変化はなく、昌子は被告に対し気分はだいぶよくなつたと述べているのであるから、この時に被告が前記妊娠反応検査やダグラス窩穿刺を実施しなくても、そのことをもつて前記善管注意義を懈怠したとはいえないことも前同様である。最後に被告が藤本の要請に応じて昌子を往診しなかつたことについては、被告が往診しなかつた理由は前三認定のとおり、設備のないところでは診察ができないからというものであり、被告本人尋問(第二回)の結果により認められるように、当時昌子のいた場所は被告の医院から徒歩約五分のところであるとの事実に前認定の産婦人科的診察における方法、設備の必要性を併せ考察すると、被告が右往診をせず来院を求めたことには合理的な利用があるといわなければならない。

以上要約すると、被告には原告らが主張するような診療行為における善管注意義務違反はなく、したがつて本件契約における受任者としての債務不履行の事実はなく、他に右事実を認めるに足りる証拠もないので、因果関係、傷害などその他の原告らの主張事実について判断するまでもなく、原告らの被告に対する本件契約の債務不履行(不完全履行)を理由とする本件主位的請求は失当というべきである。

五支払約束による債務について

原告らは、被告は、昭和五三年五月一五日藤本に対し、原告らに一二〇〇百万円を支払う旨約束したと主張し、証人藤本千代子(第一、二回)同針間幹子、同藤野嚴の各証言、被告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、なるほど原告らが主張する昭和五三年五月一五日に被告、その妻針間幹子、昌子の内縁の夫である斉藤実正(以下斉藤という)、それと藤本の四人が、宇部国際ホテルのロビーで会つたこと、このとき斉藤は被告に対し、昌子が死亡したことに関して金員を要求したこと、これに対し被告はなにがしかの金員の支払いを検討する旨答えたことが認められるが、それより進んで、被告が藤本と一二〇〇万円という確定的な金員の支払いを約束したことについては、証人藤本千代子の証言(第一、二回)のうち原告らの主張に沿う部分は、第一回は伝聞した事実として証言しながら第二回では直接経験した事実として証言するなど、その信憑性には疑問がないではないこと、またその証言内容も明確に被告と藤本との間に右約束がなされたというものではないことに徴すると、右各証言をもつて原告主張事実を認め得るものとはいえず、他に原告らと被告との間に原告らが主張するような金銭の支払約束をしたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

してみれば、原告らの被告に対する前記支払約束に基づく本件予備的請求もまた理由がないものであるといわなければならない。

六叙上のとおり原告らの主位的及び予備的請求はいずれも失当であるからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大西浅雄 岩谷憲一 木村元昭)

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